ボクシングの奈良判定の報道について感じたこと

ボクシング

ニュースで奈良判定と呼ばれるものが話題になっています。ボクシングの試合において奈良県の選手に有利な判定を下すというものですが、報道で流れているボクシングの試合を見ていると、有利どころか明らかに間違った判定で奈良県の選手が勝利を収めていました。

これはプロの審判でない素人の私が見ても明白でした。負けた選手は奈良判定の存在を知っていたようですが、ダウンを2回も奪いながら判定負けという事実をどのように受け止めたのか気になります。

悔しい気持ちよりも諦めの気持ちが強かったのではないかと思うと、選手の苦しい胸の内が伝わってきます。また、勝利した選手の心境も複雑であったに違いなく、明らかな負け試合を勝ち進んでしまった胸の内はスッキリしなかったでしょう。

スポーツは公平な立場でお互いの力をぶつけ合うところに魅力があるはずですが、権力者の都合で勝敗を左右されてしまうことは両選手にとって後味の悪いものになったことは間違いありません。

極端な話をすれば、今後の競技人生にも大きな影響力を与えかねません。奈良判定を指示したであろう張本人は、予想通りその存在を否定しましたが、一般的に考えれば指示を出していたことは明らかです。

この件に限らず権力者による裏工作が発覚した際には、張本人は入院したり雲隠れするケースが多く今回も同様の現象が見られました。人目を避けることで問題から一時的に逃避して、その間に言い訳を考えているようにしか見えません。

言い訳をすることなく、正々堂々と勝負している選手たちにとって内心は許せない行為でしょう。しかし、権力の前には屈することしかできない立場の選手たちのフラストレーションは、想像を絶するものだと感じます。

試合に向けて並々ならぬ努力をしてきた選手たちの成果を、権力者の個人的な感情によって左右してしまうのは悲しい事実です。今後のスポーツ界の発展のためにも、公平で明白な判断基準をしっかり守って欲しいものです。